6畳1間のあめ

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【読書】 坊ちゃん 夏目漱石

 

 夏目漱石の「坊ちゃん」と言えば、「親譲りの無鉄砲で、子供のころから損ばかりしている」という1文だけ知っているという人ばかりなのではなかろうか。国語の教科書に載っていたような気もするし、無かったような気もする。どちらにせよこの年まで全文を読んだことは無かった。それでいて一番好きな小説を「こころ」夏目漱石と言って憚らないのだから、自分でもって図太いものだ。

 

 さて。今回「青空文庫で過去の名作を漁り尽くそう!」と勝手に心に決めその第1作目として「坊ちゃん」を読んだわけですが、まぁ相当昔の文章だとはとても思えないほど読みやすい。文体も、言い回しも。量も少なくトイレに半日籠ればおつりがくる程で読み終える。今更あらすじを書くわけにもいかないが、しかし感想の書きにくい小説だ。ストーリーとしては、主人公が東京から四国の田舎の中学校へ就職して、田舎者の糞っぷりに怒り辟易してさっさと帰って下女と住むってもの。面だけ追うと、「おれ」は愚直でまっすぐな成年で、それを貫き通してはい出戻り でおしまいだ。

 

 では、この小説の何が人を引き付けるのか。それは「清」の存在だろう。「おれ」はこのババアと一緒に住みたいから(だけではないが)四国くんだりまでいったのにすぐに東京に戻るのである。もしや「おれ」は老け専か?と思ったが、これは性欲ではな母親の愛情をそこにみているのだろう。もしくは清は本当の母親である。それならば、清の無償の愛にも、いつでも「おれ」の味方であることも納得できる。どちらにせよ、「おれ」にとってはとても大切な人であるということに、「離れてから」気が付いたわけです。気が付いたというか、自覚したのかもしれません。

 

 もう一つ。この小説それ自体が、清への長い長い手紙なのかもしれません。作中清は肺炎で死んでしまいます。死んでからか知りませんが、「おれ」は清へ今度手紙を書いて寄越すと書いてあります。それを果たした形が、この小説なのかもしれません。

 

 日本でいちばん美しい『だから』。坊ちゃんのラストは以下のようである。

「死ぬ前日おれを呼んで坊っちゃん後生だから清が死んだら、坊っちゃんのお寺へ埋めてください。お墓の中で坊っちゃんの来るのを楽しみに待っておりますと言った。だから清の墓は小日向の養源寺にある」

 全てを読んだうえで、最後のこの一文である。ここまで美しい「だから」は滅多ない。というか最後の1文としてもかなり美しい。

 

 そんなわけで、青空文庫第1号は坊ちゃんでした。聞きしに勝る素晴らしい小説で、日本人でよかったと思わせれました、