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6畳1間のあめ

ハンドボールとか音楽とか雑記とか。

【雑記】 後ろ指を指される私

 

 働いてさえいれば、それを理由に仕事以外の多くの日常の出来事をなぁなぁにすることができる。「ごめん、仕事だから」よく聞く言葉で、よく言う言葉である。これさえ言っておけば深く追及されることも、厳しく糾弾されることもない。まるで魔法の言葉だ。このように、現代において労働・仕事とは「免罪符」なのである。そしてこれは、性質の悪いことに、対外的なことだけでなく、内面に関しても免罪符として働くのである。

 

 つまり、自分と向き合うことさえ、仕事を理由に無下にできるのだ。「あれがやりたい」や「本当はこういう仕事がしたい」という本来の欲求や生来の興味関心まで無視してしまうのだ。自分と向き合う、自分自身の中にある「怖れ」と向き合い、許し受け入れることは簡単ではない。自分に対し「仕事があるから」と自分と向き合わない。誰にだって経験があるはずだ。

 

 では、どうすればいいのか。どうしたらいいのか。心の声をよく聞き、万事に納得のいく結果をもとめるには、どちらを志向していけばいいのか。

 

 答えは分からない。私に分かるなら、無職なんてやってない。主夫と言い張っているが、その実ただの無職だ。何とでも言え。答えを求めたが故の無職だ。私は私に向き合って、職を手放した。次なんて知らない。代わりに免罪符もいらない。私は私に向き合うために後ろ指を指される道を選んで、悩んでいる。

 

 臆病な私のわがままを。頭の中は空っぽだ。