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6畳1間のあめ

ハンドボールとか音楽とか雑記とか。

夢を語ることは恥ずかしいのか

雑記

 

 自己啓発系の本を読むことがあります。その多くには「好きなことを突き詰めよう」と「夢を書き出そう」とあります。真偽のほどはさておき、どちらも前向きに自分の人生を満足のいくものにしようという意志があって私は賛成なのですが、私のインターネットにはあまり大きな夢をぶちまけている人がいません。ツイッターなんかにちょろちょろと書くことはネタだけっていう方ばかりなのだとは思いますが、若者(に限らず)は夢を語らなくなったのか?という疑問がわいています。

 

 先日高校からの友人と会った際、彼らはしっかりと自分の意志の方へ歩みを進めているタイプの人ですので、将来はこうなりたい・これくらいは稼ぎたい・好きなことをやれる環境に身を置きたいと話してくれました。なので、夢を語る若者が全くいないということではないと思うのですが、いかんせん山梨と神奈川の境の山奥に身を置く私には圧倒的な閉塞感と日々のサイクルが目の前の現実のみを突き付けてくるので週末の予定を語るのが精一杯なのです。

 

 で、タイトルに戻るのですが、夢を語るのは恥ずかしいのか?です。

 

 数年前某ライブハウスの前で某バンドのメンバーから、「将来の夢とかあるの?」と聞かれたことがあります。その時は「夢とかでないけど、就職は決まりましたよ」と答えをはぐらかしました。そう、このことが4年?経った今での私の心にささくれを作っているのです。その時は夢を語ることが恥ずかしかったのです。わきに汗もかくし顔も赤くなる、口に出すのはとても憚られる。ごめんなさい。若さを言い訳にするのはなお恥ずかしいのだけど、私はまだものの分別が付かなかったし勇気もなかった。

 私は小説家になりたいし自分で育てた野菜でカフェをやりたいし、田舎で古民家に住んで不便を楽しむ生活をするのが夢なんです。少なくとも田舎で古民家のような住居を構えて犬やら魚やらと暮らしたいのです。このブログを読むことはないだろうけど、今なら言えるよ、恥ずかしいけどね。

 いつぞやにおごってもらったビールのお礼をまだしていないから、ビールを飲みながら彼と夢を語り合いたい。